大判例

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福岡高等裁判所宮崎支部 昭和29年(う)314号 判決

原判決で認定した事実は被告人は昭和二八年二月一九日午後七時頃鹿児島県薩摩郡甑島と熊本県天草郡片島との中間海上において藤崎休次郎所有の漁網のアパ綱及び樽綱を切断してこれを損壊したものであるというのであるが原判決に示した証拠によつては被告人が右アパ綱を切断して損壊した事実は認定することができない。記録上その余の証拠並びに当裁判所において取調べた証拠によるも遂に右の事実を確認することはできない。そうであれば原判決が該アパ綱を切断して損壊した旨認定したことは事実を誤認したものであり右の誤認は包括的一行為の一部に過ぎないけれども本件公訴事実中重要な部分に属するものであるから判決に影響を及ぼすこと勿論でありこの点に関する論旨は理由があり原判決は破棄を免れない。

次に被告人が昭和二八年二月一九日原判決認定の日時場所で藤崎休次郎所有の刺網の樽綱を切断したことは被告人の自白するところであるが右の切断行為が緊急避難行為であるとの弁護人の論旨について検討する。原審証人土川武雄、岩下千正、堀口誠二の供述を参酌すると右土川武雄は当日漁船福寿丸(約五噸)の船長として鹿児島県薩摩郡甑島と熊本県天草郡片島の中間海上で午後四時頃から鰮刺網を降し漁撈中その附近海上に被告人も漁船進洋丸(七・三三噸)船長として福寿丸に近づき同所附近に刺網を降したものであるが両船の距離が近かつたのと風浪のため双方の網がからみ合うに至り被告人が急遽自分の網を引きあげたところこれに福寿丸の入れていた網の樽綱がからみついて来たので被告人は自分の網を救うためにその樽綱を切断したものであることを認定することができる。

しかして前掲各証人の証言と当審検証の結果並びに当審証人岩下千正同堀口誠二の証言を綜合すると漁業者間においてかように双方の網がからみ合つた場合には互に船を接近させて協力して右のからみ合つた部分を解いた上双方の網を引きあげるしきたりであり、しかも前認定のとおり一方の船が後から網を下したような場合に網がからみついたときは後から網を降した船が先づ義務船と称して自己の船を相手方に接近させてそのからみ合を解くべき旨の慣習が存することが認められ、特段の事情のない限り被告人も亦同様に自己の船を福寿丸に近よせて右認定の措置にいでなければならなかつた筈であることが認められる。そこで本件の場合についてこれをみるに前掲各証人の証言を綜合すると、当時相当の風波があり数本の樽綱を切断するにおいては網のその部分が海底に沈下し引き揚げることが不能となり又は潮流の為め網を巻き切られる虞の存した場合であるからその頃既に夕闇と風浪のため作業に多少の困難が予想せられたにしても、被告人としては先づ自ら相手方に船を接近させ双方の網を救う為めに努力しなければならない義務があつたのに拘らず全くその努力を試みることもなく只自己の網を助けようとするの念に急であるの余り相手方の網の危急に思を致すことなく急遽相手方の網の樽綱を切断したことが認められるので右は現在の危難を避くる為已むことを得ずになしたものということはできない。従つて論旨はこれを採用することができない。

(裁判長裁判官 甲斐寿雄 裁判官 二見虎雄 裁判官 長友文士)

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